オリンピックで使用されたコースのあるゲレンデ

オリンピックで使用されたコースのあるゲレンデ

公開日:2021.12.16

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日本ではかつて2回冬季オリンピックがおこなわれていました。
初めて開催地に選ばれたのは1940年札幌です。
ただ、この時は第二次世界大戦により冬季オリンピックが中止となってしまい、その後再度札幌が選ばれたのは1972年でした。
また、2度目の日本の開催地として選ばれたのは1998年長野オリンピックです。

スキーやスノボの実績を積んできた方の中には、オリンピックで使われたコースを滑走してみたいと思う方も多いでしょう。
今回は、オリンピックで使用されたコースについて、紹介していきます

八方尾根スキー場

八方尾根スキー場

長野県を代表する有名なスキー場として知られていて、日本で有数の広さを誇る魅力的なスキー場です。
白馬三山・五竜・鹿島槍など壮大なパノラマの展望を望めます。
日本国内最大級のスキー場で、利用している人のスキーやスノボレベルによってきちんといくつものコースに分けられており、多くの人が利用しています。
ただ、オリンピックのコースに使用されただけあって、スキー・スノボ慣れしている方に向いたコース作りが多くなっています。
オリンピックコースⅠ・Ⅱで分かれていて、Ⅰがオリンピックで男子が滑走したコース、Ⅱは女子が滑走したコースです。
オリンピックⅠは、標高1,765mの地点から国際ゲレンデに到達するまでの全長約3,000mを爽快に滑れます。
オリンピックⅡは、標高1,680mの地点から咲花ゲレンデに到達するまでの全長2,648mを楽しめます。
どちらも非常に急斜面ではありますが、雪質が良く斜面の向きも天候にそこまで左右されず安定した滑りを楽しめます。 ただ、迂回コースはオリンピックⅡにしかないので、ご自身のペースで滑りたい方は、まずはⅡの方を滑ってみましょう。 八方尾根スキー場にあるテラスには、オリンピック当時のポスターも掲示されているので、ゆっくりとした気分で眺めることが可能です。

長野オリンピックの八方尾根スキー場では男女の滑降・スーパー大回転・複合競技がおこなわれました。
しかし、当日は悪天候が続き日程変更も多く、波乱の幕開けでした。
当初の予定では2月8日スタートでしたが、天候による順延のために強行スケジュールを余儀なくされることになりました。
日本は惜しくもメダル獲得にはなりませんでしたが、スピード感のあるダイナミックな滑走は見ている人たちを熱狂の渦に巻き込んだといえます。

志賀高原スキー場

志賀高原スキー場

志賀高原スキー場といえば、他のスキー場で体験できるパウダースノーとはまた一線を画した美しい雪質が特徴です。
志賀高原には場所と位置的に水分が抜け乾燥した雪が積もるため、一般的な新雪ふかふかのパウダースノーとはちょっと違う雪が楽しめるのです。
広さ東京ドーム90個分に相当している志賀高原スキー場は、13のゲレンデがあるため、それぞれで滑る人のレベル感に合わせた滑走が可能です。
オリンピックで使用されたコースは、2つあり1つは焼額山と呼ばれるゲレンデで、整備が行き届いた魅力的なバーンで常に朝一のようなふわふわさらさらのパウダースノーを体験できます。
その中でもオリンピックコースと呼ばれるコースでは、通常39度程度の斜面のところが26度とかなりの急斜面を滑走します。
圧雪によって、上級者コースながら中級者でもチャレンジ可能という良さがあります。
さらに、オリンピックコースでは前夜の間にゲレンデを圧雪します。
圧雪した後に積雪があるとプラチナパウダーを体験できるので、ぜひ朝一に滑ることをおすすめします。
もう1つは東館山と呼ばれるゲレンデで、オリンピック以外にもワールドカップなど大きな大会に使用されることが多くあります。
オリンピックコースは1,600mとそこまで長くありませんが、急斜面から滑走するにはちょうど良い長さと評判です。
上級者だけではなく、中級者でも滑りやすいコースとして有名です。

長野オリンピックの志賀高原スキー場では、東館山で男女の大回転、焼額山で男女の回転の会場となりました。
志賀高原も非常に悪天候のなかでの競技開始となりましたが、2コースそれぞれにしっかりとスタッフの配置がされており、スムーズな競技進行ができました。
このことは日本の対応力の素晴らしさを世界に伝えることとなりました。

まとめ

長野オリンピックはジャンプやノルディックスキーでの入賞シーンが記憶に残っている方が多いかもしれません。
そんなオリンピックの記憶は、今も八方尾根スキー場・志賀高原スキー場には残っているので、スキー・スノボを楽しむ方はぜひ一度訪れてみてください

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